大学を2回中退した

この登校は退学 Advent Calendar 2014 - Adventarの14日目の記事です。

なんで2回も中退したの?

記事のタイトルにある通り、私は大学を2回中退しています。

奇遇にも一日目の方も(いろいろな退学)2度退学しているそうで、居るところにはいるんだなーと感慨深い感じもしますが、一般的にはまあ居ないですよね。単純にお金と時間の無駄ですし(奨学金の返済が辛い…)。

で、なんで2回も中退してるのか?というと、1回めと2回めではちょっとだけ理由が違います。

1回目

高校を卒業後、福島のとある情報系単科大学に入ったのだが、(超単純に言うと)だんだん大学に行くのがめんどくさくなったのと、体調を崩しまくりうつ病になりかけたので2年でやめた。

あと建前としては、プログラマーよりクリエイター(音楽系)の道に進みたいとも思っていたので、今度はもうちょっとそっちよりの学科に行こうと思い、2つめの大学に行くことにした。

1回目はこんな感じでなんともしょーもないというか、あっさりした感じで大学をやめた。

2回目

そんなわけで、東京のとある私立大学に進学した。でもって、こちらも結局2年で中退した。

こちらをやめた理由は、1回目とは違い「とりあえず働いてみようかなー」というやや前向きな?理由である。

もっと詳しく言うと、PHPMySQL に出会い、こういうのなら行けるんじゃねえの?と思ったのが大きい。

 

元々プログラミング自体にはあまり抵抗がなく、個人的にもちょこちょことやってはいたものの、大学とかで今までやっていたのはいちいちコンパイルが必要だったり、CLI でちょっとした動きをするようなものがメインで、ここからどういう感じでまともな(いわゆるバリバリ絵が動くゲームみたいなもの)アプリケーションを作るんだろうなーという想像ができないでいた。

が、PHP なら書いてブラウザ開いての繰り返しだし(今はテスト書くのでちょっと違うけど)、なにより MySQL(というよりRDBMS)のただならぬ万能感を感じ、これなら行ける!と思った。

あと正直な話、クリエイターのようなセンスとか瞬発力が問われるような仕事はあまり向かないだろうなーと気付き始めていた部分もあったし、進学後も安定して働くイメージができないでいたので、結構序盤のほうで諦めていた。

 

でも、せっかく首都圏に出てきたのに、実家に戻りたくはないなーと思い、とりあえずこっちで Web プログラマーとして働いてみようと決心。

そして、運よくアルバイトとして採用してくれる会社があり、親にも言わず勝手に働き始め、2回めの中退をし、今に至るという感じである。

そして現在

それから2回ほど転職し、いまは六本木のとある会社でネイティブゲームのサーバーサイドをやっている。住むところも相模原→武蔵野→横浜→都心と転々とはしているが、それとなくいいところに住めるようにもなった。

働き始めて2回めの中退する直前に、親と話し合った時には「やっぱ大学は出といたほうがいいんじゃねーの?」的なことも言われちょっと揺らいだ部分もあるものの、その時には既にフルタイムで働いてたし、結果的には今までクビにもならず真っ当に働けているので、選択としては間違ってなかったと思っている(まあでも胸張って言えるわけじゃない)。

いま思うこと

  • 自分的にはそんなに後悔していることはないと思う
  • ただ、1つ目の大学の時に LL 系の言語で Web アプリってものが作れるんだよーっていうことを知っていれば、そのまま大学生活を続けていたかも
  • あと、とりあえず実家(というか地元)から出たい一心で他県の大学に進学してみたものの、その性格からか一人暮らしでの生活が破綻しかけたので、ぶっちゃけ地元の大学に通ったほうが良かったかも
  • 専門学校に行けばよかったんじゃねえのという気も

これから大学進学する / 中退したい or する人へ

  • 大学通う中で迷いが出てくると「あれ?これちょっと違うんじゃね?」という思いがだんだん強くなり、超やめたくなるので、大学選びはすごく慎重にしたほうが良い
  • なんだかんだで大学は出ておいた方が良い(ビザとか採用基準の関係もあり海外(というかアメリカ)では働きづらそう)
  • でも、「これだ!」と決めたものがあって、勉強し続けさえすれば、中退しても普通に仕事はあるし、そこそこ真っ当な生活は送れるので、自信を持って退学しろ
  • 特にエンジニア系統は(単純に職がないので)大都市圏(できれば首都圏)の学校に行っておいたほうがいざというとき中退しやすくて良い(というあまり役に立たない知見)

まとめ

PHPMySQL に命を救われた。

元岩手県民から見た岩手・宮城・福島の都市の序列

岩手県に18年、福島県に2年弱、宮城には住んだことないけど何回か泊まったことがある程度の人が、この三県にどういう思いを抱いているのかを書いてみる。

岩手

  • なんだかんだで盛岡はそこそこ都会(少なくとも北東北のなかでは)
  • でも駅前しょぼいよね
  • 他の都市(北上とか一関とか)は典型的な地方都市感しかない
  • 沿岸部はお察し下さい
  • 縦の移動は(高速も新幹線もあるから)簡単だけど横の移動が超大変
  • 面積広すぎで例えば「出身は盛岡です」って言っても「盛岡のどこ?」って聞くのがデフォルト
  • 「わんこそば」はそんなに頻繁に食べるものじゃない
  • 「冷麺」「じゃじゃ麺」は結構食う

宮城

  • 大正義仙台シティ
  • 仙台駅周辺が大都会
  • でも、ぶっちゃけ仙台駅周辺(青葉区・宮城野区近辺)以外は知らん
  • 萩の月をおみやげで買っていくと喜ばれる

福島

  • 郡山は都会、福島はそこそこ都会、いわきは人口多い割にはあんまり…
  • 郡山と福島で競い合ってるらしいが、駅前の繁栄ぶりだと郡山が抜きん出てる感
  • 初めて郡山に来た時の印象は「盛岡より大分都会だなー」だった
  • 群馬・三重・山口とかと同じく、交通の要衝が栄えて県庁所在地があんまり、というパターン
  • ここも例に漏れず(郡山⇔いわきを除いて)内陸と沿岸の移動が大変そう
  • 私が住んでいた会津若松市はごくごく普通の地方都市で、住むのに苦労はしないけど遊びたい若者にとってはちょっと退屈かもなーという気もする
  • そういう意味では会津大学は勉強に集中できていい環境である(ということで数学と英語ができるけど他の教科はあんまり・・・という人は会津大学に行こう!!!)

mixi がソーシャルプラットフォームのオープン化に踏み切ったのは Mobage & GREE より前

笠原社長退任にみる、ミクシィの苦悩〜相次ぐ身売り話と人材離脱、ライバルの台頭… | ビジネスジャーナル

そして11年11月、ミクシィは事業方針を大きく転換した。SNS上にミクシィゲームを新設してソーシャルゲームに進出。ビジネスモデルを広告モデルから課金モデルに変更した。しかし、ソーシャルゲームに出遅れたことが響き、グリーやDeNAとの業績の格差は広がった。

とあるんだけど、「いや、2010年春に mixi 向けに会社でソーシャルゲーム*1作ってた記憶あるぞオイ…」と思って調べてみたら、「mixiアプリ」からゲーム部分だけを切り取った「mixiゲーム」というサービスが2011年にできていたらしい。

なので「それ以前から mixi は課金モデルのソーシャルプラットフォームを持っていたけど、更にそっち方面へ舵を切ったのが2011年11月」というのが正しい(はず)。

 

もっと言うと、ソーシャルプラットフォームのオープン化(OpenSocial 化とも言う)は実は mixi が一番早くて(2009年の秋ごろ)、続いて2010年初頭にモバゲー、2010年夏くらいに GREE という順だったと思う。

なので、mixi 自体はソーシャルゲームの波に別に乗り遅れてないけど、モバグリと違ってゲームを自社開発していたわけじゃないし、ソーシャルゲームにはあんまりリソースを配分していなかった*2のがここに至る要因なんじゃない?なんつーか、PS 発売前に出た 3DO とか、そういうポジション。

 

あ、他の部分については特に言うことはないです。

*1:乙女ゲーの類

*2:これは別に戦略として悪いことじゃない、失敗したけど

別にプログラミング自体を目的にしてもいいけど

出来ればある程度プログラミングできるようになってから目的にしてくんねえかな。。。

 

経験上、プログラミングが目的になってる人でエンジニアとして優秀な人が多いのは確かだし、プログラミングがバリバリ出来る人でプログラミングが目的になってる人を否定するつもりは全くないんだけど、全くプログラミングの経験がない人に「とりあえずプログラミング教えてよ!」って言われるとなんかむかつくんです。

 

というわけで、「プログラミングは手段だよね」って言っている人の大体はそういう意味で言ってるだけなので、プログラミングが出来る人から「プログラミングが目的で何が悪い!」とか言われても正直「その調子でがんばってください」としか。。。

三大「なんだこれ!」と思ったWikipediaの項目

日本は侵略国ではありません!

ラノベのタイトルかなにか?

ではなく、94年春に出された意見広告、及び小冊子の名称とのこと。

日本の若者には右寄りの思想の人達が多いらしいので、本当にこういうラノベ出したらそれなりに受けそうですね。

降り懸かる火の粉は拂はねばならぬ

ファンタジーものの悪役のセリフかなにか?

ではなく、これまた小冊子の名称で、ライカとコンタックスのカメラどっちがいいの?という論争が1930年代に日本でぶち上がった最中に出されたそうです。

厨二っぽくていいですね。

アグネス論争

児ポルに関する論争かなにか?

ではなく、アグネス・チャン氏が第一子を出産後、その赤ちゃんを連れてテレビ出演しているのを見て一部の妬んだ女性(※想像です)が「子供を仕事場に連れてくんな!」という「そりゃそうだけど、ここでそれ言う?」的な発言から巻き起こった論争らしいです。

そういえば最近でもどっかの漫画家が飛行機に乗ってくる赤ん坊がうるせえ黙らせろとかなんとか言ってそこそこな論争が巻き起こってましたね。あんまり世の中の流れって変わらないもんですね。

 

退職しました

2013年2月15日をもちまして、株式会社ユードーを退職いたしました。

2011年4月に入社し、2年弱勤務させて頂きました。

 

「そもそもお前はどういう仕事をやってたの?」と思う方もいらっしゃると思いますので、簡単に説明しますと、スマートフォン(iOS、Android向け)アプリのサーバーサイドの開発を全般的にやってました。

 

たとえば、「斉藤さん」というアプリでは最大2000万弱/日、350アクセス/秒というAPIアクセスをフロント・DBサーバー(スペックもそこまで高くないやつ)それぞれ一台で捌くという結構無茶なことをやったりしてました。

また、最後のプロダクトとなった「プチリッチ」というアプリでは初めてRubyに挑戦してみたり、なんだかよくわからないうちにAPI連携のためにソケットプログラミングとかしてみたりして、思いの外複雑なシステムを作り上げちゃったりもしました。

 

あと、前述の「斉藤さん」ではテーマソングを作る際に音ゲーの創始者とも言える人が作曲したものを元に初音ミクの打ち込みを担当させていただいたり、「テガキモンスター」というプロダクトの発表イベントでは、あの「わくわくさん」こと久保田雅人さんとお会いすることができたりして、忘れられない経験をいっぱいさせていただいた気がします。

 

今後についてですが、1週間のブランクを開け、また次の会社で働き始めます。

どうぞ、今後ともよろしくお願い致します。

 

 

 

はてブロ発投稿が退職エントリーってどうなんだろう。。。